ただいま日記

洗脳社会〟の手法を「知って。気付いて。」 自分に帰ろう。今に戻ろう。

田舎と都会_3

 

 

 

亡祖父の伝えによると昔からうちは街中に暮らしてきたようで、母方の先祖も同様だ。

家族で地方へ旅行することはあったが、田舎には、近しい親戚縁者はおらず

自然豊かな環境での生活は、身近に知り得ることはなかった。

二十歳代半ばだったか。祖父母、両親と私は、祖母方祖祖父親戚の暮らす

田舎へ一度だけ行ったことがある。旅行先の帰途の最寄りだったので急遽のこと。

先方には迷惑だったと思うが、親切に迎えてくださった。

 

昔から農家を営む田舎の親戚と言えば、唯一その遠い親戚くらいしか

いなかった。遠縁にも関わらず、戦争中、戦後直後、祖父母らが

お世話になった流れで細々とだが、歳暮や中元のやりとりがあった。

義理堅く人の良い遠い親戚は、こちらがお世話になったにも関わらず、

先んじて、夏になると採れたてのとうもろこしを

冬は蜜いっぱいのりんごや良質な山芋をたくさん贈ってくださった。

街暮らししか知らない幼い私にも、欠かされることのない

季節毎の田舎の便りは、家族皆の思い出のひとつとして、

遠い親戚の温かい心遣いとともに、感謝は今も刻まれている。

 

 

子供の頃、夏休み前になると友人らが

「田舎のおばあちゃん家に行く」という言葉を耳にしては羨んだ。

きっとそこは緑豊かで、きれいな川で泳いだり、虫採りをしたり。

井戸水で冷やしたスイカを縁側でほおばったり。

田舎ならではの新鮮な野菜、素朴な食事。

蛙や虫の声だけが響く真っ暗な夜には、たくさんの星も見えるのだろう。

そんな環境に毎年、親戚のうちへ遊びに行ける人たちに

ステレオタイプの田舎を想像し憧れを抱いた。

 

*****************

 

家族旅行の帰途で遠い親戚宅へ訪問し滞在したのは、数時間。

田舎の親戚での生活の機会は、相変わらず遠かった。

昼過ぎの束の間のひと時ではあったが、美味しい漬物や鮎料理を振舞ってくださり

ご馳走になった記憶だ。お茶うけになる漬物の味を知ったのも、この時であった。

 

遠い親戚のおじさんたちと祖父母との会話を横で聴きながら、

農業を営み自然の中で暮らしてきた人たちと、街で暮らす私たち家族の

違いを感じたりした。観察癖が性分か、すでに社会人になっていた私は、

親戚のおじさんの言葉少なくも語る時の、落ち着いた眼差しや

堅実な佇まいが記憶にある。対して、都会暮らしの人間の軽薄さ・傲慢さを

家族、自分にも感じるゆえ、遠い親戚にはどんなふうに

映るのだろうか、と思ったりした。

 

約七十年前の戦時下に、祖父はひとつのラジオを

食糧(米など)と交換してもらうため、

その遠い親戚を頼り訪ねた時の思い出話になった。

現代なら車で三時間くらいの地域だが、当時は、丸一日かかる鉄道事情だったと思う。

約四年間、国全体に食糧・物資がない状況下で、食糧は配給制

足りない食糧・物資を確保するのに、貨幣より、物々交換が必要な状況下である。

家庭にある金属製の鍋、貴金属さえ、庶民が国に供出した異常な時代。

ニ~三世代前の人たちの知るところだ。

 

さて、その思い出話の途中で、遠い親戚のおじさんは、重大な事実を言った。

なんと祖父が食糧と交換してもらうために持参した

「ラジオは壊れていて使えなかった」と。

戦後五十年の告白だったから、もう時効の笑い話になったけれど。

何という失態を祖父はやらかしたのか?!確信犯なら詐欺である。

ナントモ・・・。

戦争中か、戦後まもなくの告白なら、土下座して謝るべきところ。

長年それを言わずにいてくれた遠い親戚の懐の深さ、優しさ。更には贈り物まで。

何と愚かな、わが家系であろうか。忘れてはなられない恩のひとつ。

恥と苦笑のわが家族史か。もし逆の立場だったら

電報か手紙で苦情を伝えていたかもしれない。ワタシも含め、

そんな性質の家系である。

 

 

 

田舎と都会___2

 

 

田舎をイナカと読む。

これ如何に。

この語源をワタシは知らない。

文字を見れば、田んぼと舎・家屋がある場所という解釈ができるものの、

イナカという音はどこから来たのだろうか。

取り敢えず田舎 - Wikipediaを調べてみる。

 

Wikipediaでは、現代日本ではほとんど使われない漢字「鄙(ひな)びた」の音が

元となっている、と解説されている。

「田舎」という表記は日本書紀万葉集からとのこと。

その他、検索で読ませて頂いたブログで

許可は頂いていないが、勝手ながら参考にリンクさせて頂いた。

https://ameblo.jp/chandan-neko/entry-12386761897.html

ヤフー知恵袋の回答の「稲家」(いなか)という説。

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q146332679

 

鄙びた〟説。

〝夷・暖〟説。

〝稲家〟説。

他にもあるだろうか。

 

 

都市、都会、都と対義語となる概念が、田舎である。

「田舎」は放送禁止用語とまではいかないが注意の語彙だとか。

 

************

 

古代から続く“都”という場、そこには支配(権力)が中心にある。

その勃興を単純に想像してみると…。

少数で形成された民族集団が、他集団に対して、

食物、土地、水、あるいは、女性や子供をめぐって、収奪合戦が起きる。

暴力、武力で勝敗が決まった時、勝者が支配者となり、敗者集団を取込み

拡大し、やがて都という支配者が君臨する場が形作られていく。

そうした繰り返しの末に、王様と家来、貴族と奴隷の構図によって

支配者の生活圏が“都”となる。

現代の歴史教育、それにまつわる小説や映画から概観できるパターンだと思う。

 

翻って、最近の文化人類学なるテーマから、

稲作を中心とした日本の縄文時代の生活を紐解くと、

人間の集落で「平等、平和」を維持できるのは、

約200人という単位の集落という説を聞き、納得する。

 

 

平等、平和という倫理観によって、感情を左右されるのは、

本能なのか刷り込みなのか。

そうした個人の心理に巻き起こる心のザワザワ感は、

あらゆる進歩発展を謳っている現代に至っても、ワタシは答えを

見つけることができない。

 

ともかくアレコレ思うも、いきなりだが単に、

支配(権力)者によるピラミッド型社会がもたらす、

“情報・物流・貨幣・労働・消費(非生産)”それら価値の

一極集中というパターン現象が、有史以来続く、

戦争、競争、略奪、消耗、排他、差別、…あらゆる問題の

温床になっている、つまり支配者も含め、万人にとって

過度な摩擦を作る不完全な社会構造、と指摘しても異論はないだろう、と。

 

解釈は飛躍するが、

民主社会と称される現代も、この国のみならず諸外国にも、

巨大都市があるという事実から、未だ支配者層がいるという

根拠の一つということになる。

18世紀末から20世紀にかけて、王制を革命と称し破壊し、

民主を獲得したという歴史の記述も、

奥の院(王族を凌駕する貴族やユダ金融資本家)の完全支配権力の

獲得の画策であり、支配下のマスコミを使ったパフォーマンスであったことに、

そろそろ大衆は気付く時ではないのか?と。

 

支配者と取り巻きが生活する拠点が

“都・都会・都市”を形成してしまう、という言い方にもなろうか。

物理次元の宿命なのか。

 

 王族貴族の生活は、都という場の形成が権力維持に欠かせない。

都という場を維持するのは、即ち権力迎合と同義である。

権力を忌み嫌い批判し、都に棲む「被支配者・大衆(奴隷・家畜)」の矛盾。

これ如何に。

支配権力というエゴ・利己のカオスエネルギーによるハーレムが、

都、都会、都市であろう、と。

 

 

早々に雑な結論であるが、支配者利己支配の写鏡として、

「カネ・物質礼賛」=「名誉心・虚栄心」

「自己顕示欲・自己肯定への執着心」に集うエネルギー体が、

群衆・大衆、と思う。

 

 

簡単で便利な益の力である、貨幣経済というものが、

どこでも通用する場 “都” にて作られ維持することで、

支配者層の支配的、傲慢享楽生活を支えるに至る。

支配者と被支配者(大衆)が都の局所的な血流を生み出す。

 

それを文化文明としてきたであろう、プロパガンダ

教育上の歴史・人類史に疑問が湧いてしまう、

 

 

地球の事象、人間以外の生物、全体の生命活動にとっては、

歪な構造で、循環が停滞してしまう、と感じざるを得ない。

 

 

 

 

 

 

 

田舎と都会___1

 

 

田舎と都会というものが、時代を超えて

人間の心理に様々な光と影をもたらしていることは確かであろう。

だが、田舎人と都会人について個人として分析をし意識化している人は

ほとんどいないのではないだろうか。

 

日本に於いては、東京という土地があらゆる社会活動の中心地と

認識されている。日本人口が減少傾向にあるにも関わらず、未だ

東京都民は増加傾向だと聞く。

 

戦後から現代という括りで見れば、マスコミの普及と共に、

あらゆる産業企業が続々勃興し、工業生産に伴い

お金の流通量が増大するに従って、税金も集中していく

東京を始め、横浜、大阪、京都、名古屋、福岡、仙台、広島、札幌・・・など

江戸時代に主要の藩であった土地、明治前後で入植した土地も含め、

それ以降に政令指定としての都市が、情報、貨幣、物流、労働、

あらゆる組織体の機能が戦前よりも、いっそう強力になった、と思う。

 

一方、田舎という観点を考えると、

農業漁業林業畜産業、資源を中心とした地場産業

あるいは観光業で成り立っているが、過疎という問題を延々と抱える。

情報、貨幣、物流、労働の減少傾向に歯止めが掛からない状況が、

集団就職を奨励した昭和30年代頃から、加速度的に続いている。

生命を支える場であるにも関わらず。

 

人の動き、各々の人生を形成する場の選択が歪であることは、

誰しも知っている日本の現実であろう。

自治体のテコ入れとして、地方創生の政策や農業就労を奨励する施策も

行われているが、焼け石に水のような状況であろうか。

 

集団就職に限らず、進学や結婚を機に、

都会を志向する人はいつまで経っても減らないが、

田舎を志向する人はいっそう少なくなっている。

 

簡単に、田舎と都市を分けて論じられるものではないが、

まずは、そうした分断とも言うべき、田舎と都市の成り立ちは、

大雑把であるが、庶民と権力者という力関係が、

田舎と都市を生み出すことは、想像できる。

 

この構造は、日本に限らず、時代を超えて世界中で起きてしまう、

普遍的な現象と思う。

 

その普遍的な現象に人間は飲み込まれ、様々な心模様が

現代にまで続いている、という簡単で雑な見方を当方は持っている。

この観察が、正解か不正解かは知らないが。

ともかく多くの人の心理に、些細ながらも

劣等感や優越感が発生し、渦巻くエネルギー・カオスを作っている。が、

ほとんど意識化されていない、あまりにも無防備で無意識に潜む

テーゼであることを意識し、少々言語化したいと思う次第。

 

 

 

夏近く、蝉の声

 

 

 

先日の木曜日。久しぶりにお天気が良かった。

洗濯も捗って、梅雨の終盤を迎える頃だなぁ、と思う。

 

自転車で用事を済ませるべく、街を徘徊する。

公園を通り過ぎる時、蝉の鳴き声が聴こえてきて。

思わず、深呼吸をした。

そう、蝉の声あっての夏の空気なのだょ、と。

そろそろ、梅雨が明けるよ、と。蝉が伝えてくれている。

 

湿度の高い、梅雨の終盤に聴こえてくる、シャワーのような

蝉の鳴き声は、身体が待っていたような気さえする。

 

 

長雨の日々から、季節の変わり目にどうしても吸い込みたくなる、

虫たちの束の間の命を育んだ大気。

 

なんて、幸せな空気なんだろう。

なんて、力のある空間を生きているんだろう、と。

そんな、当たり前の毎年に、全身震える時がある。

 

蝉の鳴き声が私に感動を

毎年、届けてくれる。

この喜びは、誰にでも届く。きっと、

自然は平等だ、と真実を確信する。

 

 

 

 

 

*******

 

無意識のうちに、マスコミが流す情報によって・・・3

 

 

 

「偽情報退散!お金とマスコミは人の幸せをこうして食べている」

 THINKER著 (徳間書店/***文庫)初版 2011年。

 

  

 当時、大変参考になった一冊である。

 下記に、当方の感想など記述。

 

 

********************

 

 259〜264頁

 

 アヴァスのもとで働いていた2人のドイツ人系ユダヤ人、ベルンハルト・ヴォルフとポール・ロイターが、それぞれドイツとイギリスで通信社を立ち上げる。
 1848年、ドイツに戻ったヴォルフは新聞を創刊する。創立当初は赤字に苦しんだが、ヴォルフは通信社を立ち上げ、「銀行や新聞社に相場の情報を配信することで利益を上げることを思いつく。こうして、翌1849年にヴォルフ電報局が設立された。 

 1851年には、ロイターが、イギリスでロイター通信を創業し、ロンドンとパリの相場情報を配信し始める。ロイターが初めての顧客は、ネイサン・ロスチャイルド の息子であるライオネル・ロスチャイルド だった。また、ロイター通信は、散らばる商人兼通信員からの情報をイギリスの投資家や政府に提供し、投資家を儲けさせ、大英帝国の勢力拡大に多大な貢献をした。19世紀に世界を支配した大英帝国の繁栄の陰には、ロイター通信の働きがあったのだ。ロイター通信、大英帝国、その他植民地で利益を上げていった大きな商社のほとんどが、それぞれ呼び名は違っても本質はロスチャイルド一族だったと言ってよいだろう。
 さて、アヴァス通信社ヴォルフ電報局とロイター通信の3社は、設立当初は激しく競合していたが、やがて衝突による疲弊を避け、提携することで勢力の拡大を図る。1856年に第1回の国際協定を締結し、互いの相場速報を交換する契約を結ぶとその後、1859年には、同契約を一般ニュースの分野にも拡大した。そして、最終的に1870年には3社でアメリカを除く世界を3分割し、ニュース配信を独占する。

 

アヴァス通信社:フランス及びその領土、イタリア、スペイン、スイス、ポルトガル

        エジプトの一部、フィリピン、ラテン・アメリカ諸国

ヴォルフ電報局:ドイツおよびその領土、オーストリア、オランダ、北欧、

        ロシア、バルカン諸国など

ロイター通信:大英帝国とその植民地及び管轄下にある国々

       (中国や日本もここに入る)

 

 日本は協定上、ロイターの管轄下に入ったため、ロイターと契約を結ばねば海外からのニュースが入手できない状況になった。こうして、アヴァす、ヴォルフ、ロイターの3大通信社が世界の情報市場を独占する体制が確立した。これら3社は、他社を圧倒する勢力を保持し、19世紀の世界の3大通信社と称された。

 この3社の中でも一番力を手にしていたのは、海底ケーブルの通信網を手にしていたロイターである。このため、海外のニュースはロイターを通してしか入手できないという現象を生んだ。当時、世界では「ロイターが世界を回す」とも言われた。
 ロイターが情報社会を支配できた背景には、当時、世界中に植民地を持っていたイギリスの国家的な支援があったことは見過ごせない。当時の国際通信には物理的に国と国とを結ぶ海底ケーブルが欠かせなかったが、それを大量に生産できる条件を備えていた国は、当時イギリスだけだった。イギリスの植民地であるマレーとボルネオには、ガタパーチャというアカテツ科の樹木が生えていた。この樹木から採れる樹脂は空気中では酸化されやすいが水中では変質しないという性質があった。ゴムは海水中で耐久力がないため、海底ケーブルには使えなかったが、ガタパーチャは海底ケーブルの被膜材として最適だったのである。被覆導線を開発したのはヴォルフ電報局のあったドイツだったが、被覆材の原料を独占できたイギリスが、ケーブル製造までも独占してしまった。イギリスは、19世紀後半の50年をかけて世界中の大陸とロンドンを海底ケーブルでつなぐ通信網を完成させ、ロイター通信がそのケーブル網を独占し、世界の情報を制したという流れがある。

 

 アメリカでは、大手新聞社が集まって通信社が設立された。
AP通信は1848年、ニューヨーク市の競合する新聞社5社で結成された組織である。設立以前は、ヨーロッパから特派員が帰国するたびに、各社は取材のためニューヨークの港に記者を送り込んでいた。この取材を一本化して効率よくするために、まずハーバーニュース協会が設立され、後にAP通信と改名された。その後、AP通信はヨーロッパのニュースのみならず、アメリカ国内のニュースもカバーするようになり、さらには新興通信社と合併するなど、紆余曲折を経て巨大化し、世界有数の通信社に成長した。現在、AP通信は一般のニュース配信では世界一の規模を誇る。約5000のテレビ局とラジオ局、約1700の新聞社と契約し、世界121国で活動を繰り広げるアメリカ最大の通信社であり、ロックフェラー財閥の所有する企業である。

 

 

263頁 〝イギリスの通信網〟世界地図の注釈より

イギリスは世界一早く、海底ケーブルの通信網を完成させた。ニュース配信のほかに他国の電報を盗聴したり、伝達を遅らせたり、外交面でも利用。戦時中は相手国の暗号化された電報は通信しないという対応をとった。無線通信が普及するまでイギリスの情報独占は続いた。)

 

 

*************

 

著者 THINKERさんのサイトご紹介。

http://thinker-japan.com/index.shtml

 

 *************

 

(以下は、当方の感想)

 

  約10年前。この著書を読んで、最も印象深かったのは、

海底ケーブルについてであった。

 19世紀から20世紀前半に、第一次第二次世界大戦

その他多数の事変、内戦、暴動、恐慌が起きた時代である。

 通信社というマスコミの胴元が、中世の欧州による植民地化によって、

アジア地域での資源確保や技術・製造を確立し、100年以上も前に、

海底ケーブルで大陸を結び情報というものが、大衆の動向にまで影響を与えた、という

史実。また、その資金も莫大なものだったろう。

全く、知らなかった。

 

 

見方を変えれば、通信社が台頭し、トラブルが増えてもいるし、

それを伝える技術媒体があったから、

文字や当時勃興中の記録メディア(録音や映像画像)に、

刻印され記録されている歴史的なトラブルの数々、とも言える。

 

 

更にその経緯に、19世紀に海底ケーブルを敷設した欧州勢及び、

イギリスの財力を支えた五大陸の膨大な疲弊被害を想像してしまう。

 

そして、それらをワタシたちは全く知らずして、

マスコミを盲信し、安穏とその情報を享受しているという不気味な世相が

数十年(約100年近く)続いている。

その事実、史実をワタシたちは、マイナーな情報を発信し活動しておられる、

市民の声、一冊の出版物によって、やっと、マスコミとは何かを

各々が考える機会が与えられた、と。

 

 

そして現在。

体制の完全私物化支配社会になってしまうのか、あるいは、大衆は体制を見切って

マスコミを切り捨てるべく、本質に気付く重要な時期だろう、と思う次第だ。

 

************

 

新型コロナウィルスのインチキ騒動は、マスコミがなければ、

無かった、、、、、起きなかった。

という真実に気づくこと。

 

よくよく考えれば至極、単純な茶番劇であり、間接的な情報という、

集合無意識を駆使している偽の事象(メディアというもの)を

史実と照らし知覚し、感受・視野が根本から変化していく時期とも思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無意識のうちに、マスコミが流す情報によって・・・2

 

 

 

「偽情報退散!お金とマスコミは人の幸せをこうして食べている」

 THINKER著 (徳間書店/***文庫)初版 2011年。

 

  

 当時、大変参考になった一冊である。

 下記に、当方の感想など記述。

 

 

********************

 

 

256〜258頁


 通信社の歴史は、19世紀のヨーロッパから始まる。
 世界でいち早く産業革命を達成し、近代化した当時のヨーロッパ文化の中心はパリであった。フランス革命の起きたパリでは、1800年代初頭、ヨーロッパの情報の中心地でもあり、ヨーロッパ各国の新聞記事をフランス語に訳して、販売する業者が次々に生まれた。これらは、通信社のはしりである。そのパリで、1832年ロスチャイルド 一族に雇われたハンガリーユダヤ人のシャルル=ルイ・アヴァスが、事務所を開設する。その後、パリで翻訳通信社を2つ買収したアヴァスは、近代的通信社の先駆けとなる アヴァス通信社を設立する。1835年のことである。当時のヨーロッパですでに金融支配を確立していたロスチャイルド 一族に雇われ、その指示に従いながら、表向きは公平な通信社を装い、一般のニュースや金融情報を伝える業務を開始したのだった。

 

 当時のフランス政府は、腕木通信という方法で、情報の遠隔通信をしていた。その原理は、大型の手旗信号のように、腕木と呼ばれる数メートルの3本の棒を組み合わせたものをロープで操作し、この腕木の動きを遠く離れた別の基地局から望遠鏡を用いて読み取ることで情報を伝達する仕組みだった。江戸時代、米相場の情報を遠くに伝えるため用いられていた旗振り通信と同じようなシステムである。
 アヴァスは、このフランス政府の交信を望遠鏡で盗み見て、ロスチャイルド 一族に速報を流し、その後でパリ中の新聞社に配信してアヴァス通信社を大きく発展させた。政府の通信暗号の解読に必要な知識は、政府内部にいるロスチャイルド 一族の配下の人間から入手したと言われる。当初、アヴァスは早馬を使っていたが、1840年から伝書鳩便も開始する。この方法は、当時の情報伝達手段であった馬車便、飛脚便よりも効果的だったため、さらに商業的成功を収めた。その結果、パリ中の新聞はアヴァスの流すニュースで埋め尽くされることになった。(*通信社が存在する以前のヨーロッパでは、馬車による郵便が情報の伝達手段だった。初代ロスチャイルド は、ドイツの郵便事業を独占していたタクシス家に大金を渡し、すでに情報の先取りをしていた。他人の通信用の手紙を湯気の上にかざして糊をはがし、中身を盗み読んで、また糊付けして元に戻してから、何食わぬ顔で証券取引所に赴くというのがロスチャイルド 一家の日常だった。アヴァス通信社はその進化形である。)

 

 

アヴァス通信社について・リンク

https://www.wikiwand.com/ja/%E3%82%A2%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%82%B9%E9%80%9A%E4%BF%A1%E7%A4%BE

 

 

*************

 

著者 THINKERさんのサイトご紹介。

http://thinker-japan.com/index.shtml

 

 *************

 

(以下は、当方の感想)

 

マスコミが流す情報について、大衆ワレワレは様々に反応している。が、

マスコミそのものの成り立ちについて、全くと言っていいほど、

それを知る機会がないし、知ろうという発想が湧かない。

その存在についての是非に疑問を持つこともない。

何故だろうか。とても不思議ではないか。

 

空気や水に普段は意識を向けないのと、同様に、

写真、映像、文字という間接的な伝聞を

無意識に、享受している生活なのだ。

かつ、日々の些細な事柄から、行動、価値観や常識、

人生の選択にさえ、大きく影響を与えている、と言っても過言ではない。

(進歩発展・文化文明という概念を

 全肯定させる教育が基本になっているが故に。)

 

マスコミによる洗脳の方法、その分析、プロパガンダについての書籍は

巷に多々ある。が、時代背景と重ねマスコミ発祥の経緯について伝える

書籍にワタシが出会ったのは、この書が初めてであった。

 

疑問も湧かず、知ろうともしなかった、

マスコミの存在そのものに、メスを入れ、要点をまとめた、

わかりやすい解剖図のようだ、と思う。

 

マスコミの流す情報は、もちろん空気や水とは全く異質である。

人工的に、作為的に、大衆心理(主に、恐怖心と偽の好奇心や感動)を

操作しながら、あらゆる富を吸い上げ、完全支配を目的とし、

誤誘導のための噂を流している、と言える。(偽ユダ勢が)

 

(マスコミは言うなれば、近所のおしゃべりなおばちゃん、

 あるいは超雄弁で隙のない究極の詐欺師ダw)

 

体制(偽ユダら支配者)に、大衆が利用されるのではなく、

その縮図に気付き、意識化して、各々が偽情報の渦から抜け出すのに、

この書は、非常に重要なことを伝えてくれている。

 

巨万の富を維持し増幅するために、どんなに狡猾な手段を使っても

それを成そうとする部類の人間が、マスコミの礎石を作ったことを

周知する必要がある。今回の抜粋部分にその雛形が記されている。

 

大衆が持っている良心、善悪の判断とは何か。

それさえも、プロパガンダなのか?という哲学的な疑問さえも

湧いてくるかも知れない。

 

激動の現代社会であるが、19世紀の日本もまた、

幕末から明治という激動の時代であった。

されど、幸福感に溢れ、満足げに生きる人々(無欲な)、

人の良い、そして朗らかで誠実であったことを

当時の日本人の性質を訪日欧州人たちは見聞録に残している。

 

まだ、その時代ワタシは生まれてはいないが、

西洋文明が侵略する前、西洋由来のマスコミが無かった時代の、

日本の、人の良さ、温かさ、人情味を

親世代、祖父母世代、先代の様々な思い出話を重ねて、

懐古的に想像してしまう。

 

 

不特定多数の大衆に向けての、作為的、かつ無責任な大量の情報が、

いかに人間の心を荒ませていくか。社会を疲弊させ、混乱に導いてしまうか。

今後、大衆ワレワレがマスコミを利用し続けるほどに、

人間が、社会全体が、劣化、悪化の一途を辿ることは確かである。

そこがマスコミを避けよう、とお題目のように唱える所以である。

 

 

 

 

無意識のうちに、マスコミが流す情報によって・・・1

 

 

 

「偽情報退散!お金とマスコミは人の幸せをこうして食べている」

 THINKER著 (徳間書店/***文庫)初版 2011年。

 

  

 当時、大変参考になった一冊である。

 現在に、いっそう知るべき大切な内容が記されている。

 マスコミそのものについて記述されている箇所を数回にわたり抜粋予定。

 ご参考になれば、と思う。

 

********************

254〜256頁

 

 我々は無意識のうちに、マスコミが流す情報によって日々の考えや行動、

価値観、常識、あるいは生き方そのものまでも大きく左右されているのでは

ないだろうか。

お金とマスコミの関係は非常に深く、マスコミの歴史と仕組みを知ることは、

お金について知ることと同じくらい重要だ。

 

(略)

 

 マスコミといえば、多くの人は、まず大手新聞社やテレビ局を想像するが、その大元には通信社の存在がある。ニュースは、まず「ニュースの卸問屋」である通信社から発信されるのだ。そのニュースを新聞社やテレビ局が受け取り、一般視聴者に向けて発信する。そして、我々のもとにテレビニュース番組や新聞という形で情報が届けられる仕組みになっている。現在でも、通信社が一般市民に直接ニュースを送り届けることはない。我々にとっては、(共同)(ロイター)(AP)などとニュースの記事の片隅に小さく見かけるだけの存在にすぎないが、その通信社がマスコミの根幹を握っているのである。


 通信社の歴史を振り返ってみると、19世紀の三大通信社は、フランス、ドイツ、イギリスの通信社だった。そして、20世紀には、アメリカ、イギリス、フランスの通信社が情報を支配した。これらの通信社の勢力は、その当時の国家の力をそのまま表している。これらの国家が世界で勢力を広げた背景には、通信社の存在があった。情報を制するものが世界を制したのである。
 生き馬の目を抜く戦争やビジネスの世界において、武力や資本力はもちろん大事であるが、何よりもまず情報がなければ相手より優位に立てない。そこで欧米各国の資本家(国際金融家)や政府が注目したのが、情報の収集であり、情報の発信である。
情報収集によって、世界情勢や相手国の情勢を掴んで、攻略の計画を立てる。また、情報発信により、相手を騙したり、撹乱したりして、自分に有利な状況を作り上げる。情報の本質とは、我々一般人が考えるような双方の交流=コミュニケーションではなく、相手を攻略するための一方的な手段なのだ。このような背景から、通信社は資本家=国際銀行家や国家によって設立されていった。

 

 

 *************

 

著者 THINKERさんのサイトご紹介。

http://thinker-japan.com/index.shtml

 

 

*************