ただいま日記

洗脳社会〟の手法を「知って。気付いて。」 自分に帰ろう。今に戻ろう。

廃仏毀釈_過去帳の抹殺で。  

 

 

 

明治以降、西洋文明礼賛になっていった原因のひとつは、
廃仏毀釈(1868年頃から約5年間)で、
過去帳が抹殺」されたからダ〜〜ッ、という、
今更?の時代錯誤でニッチな話題&こじつけの自説…。

 

以前にも、なぜ日本には新興宗教が多いのか、というテーマで
廃仏毀釈に触れてみたが、最近の現代日本人心理の変貌ぶりに
日常で度々違和感を抱き、改めて引き合いに出したくなった。

 

 


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今を楽しく生きる意義は疑うべくも無く、
たとえその楽しさが能天気であっても…。

けれども、今、生きていることは過去の因果があって
自身も存在している訳で。その因果をまた次世代が受け継ぐ。


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過去からの因果を想像するための系譜、その記録の過去帳
(中世イエズス会奴隷貿易集団に加担した隠れ切支丹勢力を
封じ、一般人に波及しないよう幕末まで寺院で管理した戸籍)

身近な事実情報や口伝(近い方法)が当たり前に残っていたなら、
多様な記憶を蓄積する性質の人間にとっては、
生物としてまともな生き方、江戸期までの、この地の風土に相応しい
理に適った暮らし方が、現代にも生かされたかもしれない。
子孫自身の内部からの判断材料にもなって、
外部・遠い存在(政治経済の支配・マスゴミや狂育)からの情報に流されず、
その支配を阻めたかもしれない。が、現代日本はそうではない。


現代日本人の判断力や価値観は近代以降、マスゴミ・狂育の台頭で
外側からの情報に翻弄され盲目にされ続けた約150年間。

幕末までの社会よりこの期間、西洋産業革命に端を発し、
次世代に莫大な負の遺産

(特に自然環境破壊、生態系崩壊・食物連鎖混迷・肉体劣化)を
作り続けてしまっている。

 

廃仏毀釈について寺院仏像などの破壊が目に見える形で、
その被害を伝えているが、一方で過去帳が喪失されたことに
目を向けることはあまりないように思う。

が、むしろ過去帳が失われたことの方が
一般人にとっては実害が大きかったのではないか、と考えてもみる。

 

(ホントはずっと政府が隠蔽し保管している、と推察。
先祖が半島系出身の公務員優遇の事例を某書籍で読み知ったので…。
過去帳が今も尚、寺院でわずかに保存されていることについて、
差別的な情報と定義して、某大宗教団体など部落差別の視点からか
人権問題を訴えている向きもあるようだ。
〈差別問題を訴える団体にも真実と偽物があるだろう。
過去帳の件は、根底がプロパガンダのように思う。〉

 

だが、昨今の保険証番号や免許証、
マイナンバー制度やクレジット、ポイント…カード類の
個人情報の蓄積や、Faceb00kでの、
限定公開で信用獲得の方法が、
むしろ個人詳細情報は闇勢力への進呈と化し、
ネットショッピングによる個人趣向情報の獲得、
スマホ等ラインの対人情報が、半島系介し支配層に
利用される裏側の流れを想像すると、
現代の個人情報の扱いの方が、
広告主側の旨味はもちろんのこと、
それ以上に不気味で、気付かない状態での格付けや、
監視社会に一般人が無防備に加担し続け、
支配側の意図的差別の温床にもなろう。


その果ては、個々情報のあらゆる蓄積によって、
近未来に人類が生物としての生命活動を
剥奪されかねない人工知能へ、無意識に加勢…の危惧を思う。)

 

 

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明治時代(近代)以降の先祖について私たちは
多少知っていて仏壇や墓で拝んでいるのに、
江戸時代(近世)までの先祖をほとんど知らないが故に、
軽んじている。もしくは、お伽話のように、
(実際それは欧州支配層の意図だったのだが。)
時代の延長線上にはない、まるで異国のことに思える程、
薄ぼんやりとしている。


また、江戸時代の人々へ、身体を酷使し打ち拉がれた生活者、
武士が常に庶民の愚行を裁いているような支配社会、
近代科学を知らなかった未発達社会のイメージを
マスゴミドラマ映画小説等で刷込まれている、
西洋科学礼賛に汚染脳されているワレワレ。
下手すれば近世までの先祖をバカにしている。
ナンとも、けったいなワレワレ現代日本人。

ところがどっこい真逆な世界だったわけで。
コレを汚染脳と言わずして、何と言おう…。
ちと大げさかぁ。笑…。いやいやホント笑えない。

 

最近では仏教への信心がある人くらいだろうか。
先祖を敬うことを心がけてきたはずの日本人だったが、
ご先祖様の対象が大半の日本人にとっては、
三〜五代前の祖々父母迄。
近代、明治以降の家系の経緯だ。
どんな家族構成で、生業は何だったか。
祖父は戦争へ行ったとか、被害はどんなふうだったとか。
どんな出来事・苦労があったか、親や祖父母から口伝くらいのもの。
生きている者同士が伝えるから3〜5代位になってしまうのは
当然かもしれないが、それでも古い時代の記録が残っていたら、
系譜を知り自身を知る大まかな手がかりには
なるだろうが、そうではない。

 

もう今では団塊の世代以降が祖父母の人が占めるようになったから、
現代日本人の受験や就職の競争社会からの価値観や記憶が多かろう。

 

明治以前はせいぜい、武士だったとか、庄屋・酒蔵・豪商だったとか、
どこそこの殿様に仕えていた家系だか、公家だったとかで、
傍からすれば、箱もの・肩書き・お家自慢に
げんなりする程度のことを耳にするだけ。

 

 

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闇の勢力について知り得た矢先、渡辺京二著『逝きし世の面影』に出会った。
それまで私たち先祖、江戸時代に生きた一般の人々の真実の姿、
その精神性の豊かさを知る機会がほとんど無かったのは、マスゴミや狂育で意図的に、
一般の生活総体の情報をブロックされてきたであろうことを思わずにはいられなかった。

 

 

故に、過去帳がそれなりに残存していたなら、
具体的な事実に基づいて、先祖や地域、生活、生業の事も実感を持って口伝ができ、
「系譜への想像力」ともなって、西洋礼賛に傾いていく明治期世相の
不自然さを見分け、政治経済・狂育マスゴミ汚染脳用の西洋ブランド志向、
肩書き・箱ものに拘る軽薄さ、虚飾を嗅ぎ分け、
眼力・心眼、直感の力で、19〜20世紀の大戦争さえも
被害回避の可能性を考えてみたりする。
江戸期から続く、自然環境と調和した心地よい社会の
継続も有り得たようにも思う。

使いたくはない語彙だが、
アイデンティティ」(自己一貫性容認)は系譜を踏まえる意識であり、
心眼を保つのに不可欠のように思われる。

 


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ちなみに、先述書籍の幕末訪日欧州人の観察記録集によると、
貴族階級や上級武士は虚弱な容貌、貧相な印象で、
逆に庶民は皆、肉体が立派で幸福感にみなぎり、
生き生きとしている、と伝聞している。
彼らに相応しく階級差別の視点ではあるが、的確な観察だろう。

(西洋文明を受入れるにあたって、編み出された明治政府の造語多数。
差別的用語「士農工商」や「競争」という熟語もそのひとつ。
また、食用牛など四つ足と呼ばれる動物の屠殺は明治以降。
明治以降に部落差別が激化したのではないか。
某宗教団体は寺院にわずかに残存する過去帳を人権(平等)のためと
抹殺を唱えるも、明治政府造語の差別的語彙には辻褄が合わない。

有識者いわく江戸期は、階級差別が無い社会だった、と伝える。
江戸の街ではお互いの出身地を聞かないのが礼儀だったり、
武士も町人も一緒に行事や趣味を楽しんでいたという。
むしろ、武家が町人に気配りをしないと暮らせない程だったとも。
あるいは、遊女の年季が明けると、女性として豊富なキャリアとして評価され、
おけ屋が嫁ぎ先の世話をしたという。


江戸社会の豊かさの要因には、

ユダキリ・イエズス会(一夫一婦制や処女性への強固な宗教倫理を含め)を
排除したお陰で、人にとって、動物としての性への寛容さや昇華・自浄作用が具わった、
バランスのとれた世界だったであるのだろう。

 

社会に競争という言葉が無い時代の子育ては、

きっと生物としての幸福感を満たすものだったろう。

 

日本人全体が内面的な自由と平等を享受すると共に、
自然の豊かさが幸福感を醸した時代の余韻を完全に忘却し、西洋礼賛になってしまった、
近代から現代日本をつくづく遺憾…に思う。
(明治以降の造語辞典が必要だなぁ、と思う。)

 

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江戸期は長年、戦争が無かった故に武士(戦士)の出る幕はなく、
米などの年貢で貨幣流通も現代よりずっと少なく、性への寛容もあってだろうか、
一般社会では犯罪もほとんどなかったという。
自然淘汰のようにして一般社会の政治支配が手薄になってくれた
お陰の時代。
‘なってくれた’と指したのは、
中世末期から江戸初期にかけての政治采配
(秀吉の伴天連追放令や、鎖国、切支丹禁教令/秀忠期)に
中世の日本人指導者の民族や風土保守への英断に、感謝の念がわく。

 

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◇肉体労働を請負う発展途上国と呼ばれた国々が、
昨今、知的労働を主軸にして来た国家を凌駕し、

身体の為せるマンパワーによって
国の底力を付けてきているようにも見受けられる。
ある意味で、自然淘汰(平等さ)は身体によって、
いつでもどこにでも起きる…ことを見てとれる。
電脳・脳化社会が生命の意義を滅ぼすことも窺わせる。

 

◇国家が役に立つ意義は、蛮族国家、価値観の全く異なる民族への、
防衛外交であり(主に、ユダキリに対して)、
民族性・地域性・固有性の保守で、それは自然摂理遵守のためだ、と。


◇経済最優先の結末として、植物動物生物全般の原種・在来種の
人為的意図的な激減・絶滅、生態系の自然環境破壊は痛々しい。
日本のみならず各国地域の人の、
情緒・感性、固有の文化を根幹から劣化させる。


◇日本人が中世イエズス会がらみの南蛮貿易により、
世界中へ奴隷として推定10万〜20万人(当時人口2〜5%)を火薬輸入と引替えに、
二束三文で売買されたのだ。かつ子女の悲惨な扱いを知り(天正遣欧少年使節団…記録)
中世イエズス会による日本(主に九州)の寺院破壊もひどかったようだが、
それよりも、日本人奴隷の問題は深刻で悲惨だった。

そして現代日本人が全くそれを知らないって、どういうことナンダ??…と。
中世、欧州勢によってアフリカ南米アジアと同等か、
それ以上にワレワレの先祖が苛烈な被害に遭っていた、ノデス。

 

◇中世欧州ユダキリの略奪殺人強姦の歴史から現代マスゴミの虚言喧伝に至るまで、
見せ方・アピール・パフォーマンス(だけ)が、
巧妙で上手過ぎる西洋文明を世界中が崇めてしまって…、
ずっ〜〜〜と催眠状態・心眼喪失。トホホ)))

 

◇現在の戸籍同様、過去帳は象徴的に記憶を辿る系譜の単なる材料
(人名、出生・死亡・家族名・血縁有無・家系様態・職業など)に過ぎない。
ただ、年代毎に全体の出生死亡によって社会状況・史実が明確になる物的証拠になる。

過去帳は、隠れ切支丹を幕府がなぜ排他しなければならなかったのか、
中世の日本人奴隷被害を証明できた可能性も考えられる。更に遡れば、
現代に続く朝廷が535年(K氏説)以来、倭国の傀儡であることの
判明を回避するため、明治政府陣営は廃仏毀釈過去帳抹消に至ったのか、
と妄想にまで及ぶ。

* 江戸期に切支丹信仰を防ぐ目的で寺院に集約された記録物であるが、

その慣例はそれ以前からあったことが前提にはなろう。)

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で、、、「内政は庶民に任せろっ」、「政治家の役割は外交ダ。

シニョレッジは最小限にして、デキレバやめてクレ。
政治権力が国内一般人の生活の邪魔をするな!」ってなことを思う。
まあ、現代政治家にはまったくもってムリだろう。。。
シニョレッジ生命線の闇勢力とグルだからなぁ。

 

大企業株、年金・保険資金や公社民営化後の株、闇の勢力が運用。
税金半分はUSA国債購入。


現代日本は‘闇支配勢力皆さまのため’の政治。
国民は、労働も消費も勉強も遊んでも病んでも拝んでも…
何デモカンデモ、カネがらみ全ては、
支配指数‘UP’ナ・ノ・ニ、民主主義という建て前の文言で、無自覚状態。
偽善政治、ココニ極マレリ。



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話を戻し…。
過去帳廃仏毀釈によって失われたことで、
幕末以前の先祖の人生、身近な出来事や系譜がすっぽ抜けてしまった。
それは、自分自身を知るための想像する材料の喪失、
まるでパズルのコマを無数に失ったように。

 

過去帳(明治以前の戸籍)がそれなりに残存し公開に障壁が無ければ、
具体的な事実に基づいて、先祖や地域、生活、生業の事も実感を持って口伝ができ、
もっと『地に足が着いた古い先祖への畏敬』を今でも

しっかり持っていたかもしれない。

各々のアイデンティティが、お仕着せの西洋礼賛を嗅ぎ分け、
眼力・心眼を切瑳することへ意識を向ける内省も有り得ただろう…。

自身とあまり関係のない喧伝用の歴史上人物、
特に西洋の著名人、人生や性格、文化や歴史には、
やけに詳しいの…に。

己の曾々々…祖母父のことは、全然知らない。

ホントは…異常なこと、、、ではないデスカ???
どうかしていやしないかぃ?と。

手書きではない、印刷物って怖いなぁ、と思う。
(いつか書きたいテーマダ)

 

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ここまで、日本人がマスゴミや狂育でどっぷり汚染脳されたのも、
個人の、自分なりの、疑問や違和感を過去の様々な系譜
(親や祖父母…先祖から口伝してきた事)に
照らし合わせ、想像し判断する材料を奪われたこと、を思う。

 

ルーツ、系譜を想像する能力に蓋をしているような思考。
系譜を想像できないことは、

例えば、トラウマを解消できないとか、
家系で同じ問題が繰り返されてしまうことだろうか。

が、負の面よりも、

むしろ、先祖が地域社会で貢献したこと、
特技や才能や知恵があった先祖のこと。
家系を誇りに思える日本人の真実の姿、先祖の情け深さだったり、
優しさ、忍耐強さ、逞しさ、賢明さを知り得たかもしれない。

そうした系譜によって自身を内側から感じ、感謝を持って
自信につながる、あるいは内省する情報。

だが、あいにく、ごっそり抜け落ちているのである。

 


問題の原因の理由を考えてもキリはない。

けれども、わずかにでも系譜に想像や検討を付けながら
人生の過去からの大きな流れを感じて生きることは、
多少なりとも、元来の自身のアイディンティになる(なった)だろう。

 

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長くなったが、
ホントはココからが伝えたいことナンデス。


ルーツ・系譜を知る情報、材料を失ったということは、
先祖のことのみならず、
「様々な事柄・生活の系譜への想像力を閉ざされた」ように思う。

記憶を探る思考の作業に、全く分からない領域があると、
それに関して思考停止になってしまう。
それに付随した思考を無意識に無視する癖が付く。


些細なことなら影響もないだろう。が、
大半の国民が、自身の先祖へ思いを馳せる情報が3〜5代より以前、
ぷっつりと事実の記録・記憶が途絶えているのである。


で、話は飛躍するが、その記憶喪失・催眠の状態が、
日本風土に合わない衣食住・生活全般を
安易に受入てしまう発端であろう、と。

それは、
現代の肉食偏重であり、
過剰な金銭崇拝であり、(明治期に汚染脳された勤勉労働・金銭労働)、
育児・教育の過度な叱咤であり、競争意識、優越劣等感であり。
サラリーマン的職業感(元来の生物としての自由意志の喪失)を当然として受け入れてしまったり。
空気・水・風景が汚染され自然環境が破壊され続け

動物昆虫植物が異変をきたしていても
疑問や違和感、恐怖心が湧かなかったり。
差別化、排他意識であり、
大衆汚染脳支配用の偉人伝や文化人有名人芸能人のような、
外付けのふわふわした有名性に執着し夢想する人生イメージを促し、
ピラミッド型競争社会の構造に加担していたり。
物質偏重や物質との関わりの混乱(ゴミ問題の根源)、
便利や安易な消費による合理効率化であり。

とどのつまり、ユダキリが演出し続ける、西洋礼賛の汚染脳であろう。

 


ファーストフードやコンビニや簡易加工食品への無防備さ。
大豆やトウモロコシを加工した遺伝子組替え食品に何の疑問も
持たず受入れてしまう想像力の無さ。

砂糖、塩、大豆、米、油という基本食材、
洗剤や衣類…のあらゆる自然環境破壊へのプロパガンダ
長い年月で継続されていても、表面的な情報に目を奪われ、
利己的健康意識に目を向けるばかりの、
汚染脳情報で疑問が湧かず、あらゆる問題の系譜が
想像できなくなっている。

箱もの、ブランド的なレッテルに囚われ、
外的な基準でしか信用は成立せず、心眼を失っている。


マスゴミのニュースも各々が系譜を記憶し観察し、
想像すれば、概ね見抜けるようなことも、
すっかり騙される。連日騒ぐ一過的なキャンダルに目を奪われ、
バッシングに加勢し、肝心なことを見失うよう仕組まれている、が
それに気付かない。

マスゴミで飼育された電脳家畜の現代人。


あらゆるところに汚染脳プロパガンダがちりばめてあっても、
ルーツ、系譜を想像する能力に蓋をしているような思考状態が
現代日本人にもすっかり染み付いてしまっているが故に、
国際金融家&半島系八タさんらの策略に
嵌まりっぱなしなのである。

系譜の想像力の遮断症候群。
(最近は症候群という言葉も使わなくなったなぁ。笑)

 

 

 

己を知ることは、人生に於いて要であることは言うまでもない。
ミクロな自身を知る視点と共に、
幕末と明治の落差は、国家神道を掲げ戦争漬けの軍事国家にするため、
国際金融家が手引きした明治政府の暴挙にだったことを知ること、
その時期から、一般人の思考停止がマスゴミや狂育で仕向けられつつ、
自らが加担してしまった、
マクロからの視点、その流れも自覚したいもの。

 

昨今のスピリチャルブームの前世とかで
根拠の曖昧な情報に、多くの人間が惹かれてしまうのも、
過去帳、記録の事実関係が、すっかり抹消されている面もあるだろう。

前世を否定はしないが、真実の歴史ではないと思う前世ストーリー、

喧伝用の偽歴史をなぞった前世判断は、一笑に付すわけで。

 

 

欧州へ行くと、国の歴史のみならず地域家系の系譜を
よく理解していて、(キリスト教会管理下で保守・継続)
古い時代からの誉れに、各日本人の自国の歴史知識の浅薄さに
たじろぐようなことも耳にする。

 

 

が、欧州国際金融家の思惑で操作された
明治政府が仏教破壊や民族の系譜を断ち切らせるに至ったことを
思えば、欧州の歴史を崇めている場合ではない。

まして、
奴隷制で繁栄を謳歌し今も尚、プロパガンダ

汚染脳を煽動する欧州ユダキリ文明に、何の敬意を払う必要があろうか。

 

現代のワレワレがマスゴミを通じて崇める欧州文明は、

主に、江戸文明からの‘逆輸入’が多分に含有されていて、
現代社会の文明の価値観が成り立っていることを
ワレワレ日本人は、知る由もなく、探ることさえ気付けないほど、
西洋礼賛汚染脳…ナンデスョ、と。

 

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選民用の家系や肩書きの話、
喧伝用歴史上の人物、武勇伝など、
生命の根源、三次元の生命としては
ホントは何の役にも立たない気がする。

 

 

………今更、過去帳を捜索するわけにもいかない。

 

いわゆる、公家やら上級武士やら庄屋やら酒蔵やら豪商なら、
それなりに系譜が探れて、やっぱりウチは良い家系…で、となろう。

 

が、自慰的で自慢の古くさい価値観は、もうどうでもいい。

ピラミッド型支配を継続したい人口1%に協力する必要は無い。

 

今、この時代に生きる自身より他、

心の拠り所はいらない。

脱・汚染脳のためにも。

 

 

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で、

オチのようなことだけれども。

 

「記憶と忘却・偶然と必然」は
「意識と無意識」の世界で

相関関係があることを常々思う。

 

過去のことに囚われず、

今を楽しみ、過ぎて行く瞬間、瞬間を
あっさり歓喜をもって忘却することは、

偶然を纏う、良き必然を召還する、

宇宙の、三次元の、則を
感じてもいる。

 

 

ともあれ、

真実を嗅ぎ分ける内省力・心眼を弱めてしまった

この地のワレワレ。

 

 

なぜ、先祖はこの地に暮らすようになったのか。
遠い先祖はどんなふうに食べ物を得ていたのか。

先祖はどんな思いで、働いていたのか。
先祖はどんなふうに結婚をし子育てをしていたのか。

先祖はどんなふうに性を満たしていたのか。
先祖の寝る時間や寝具はどんなふうだったろうか。
先祖の衣類はどうやって調達し、また洗濯をしていたのか。
先祖は排泄をどんなふうに行なっていたのか。
先祖はどんなふうに水を火を得て暮らしていたのか。
先祖はどんな日用品を使って暮らしていたか。
先祖はどんな家でどんな暮らし方をしていたのか。
先祖はどんなふうに文字を暮らしに役立てていたのか。
先祖はどんなふうに美や音を楽しんでいたのか。
先祖はどんなふうに旅をしていたのか。

先祖はどんなふうに人間関係を築いていたのか。
先祖はどんなふうに動物たちと関わっていたのか。

先祖はどんな病で苦労し、乗り越えたり、死を受入れていたか。

先祖はどんなふうに人生を楽しんでいたのか。
先祖は自然をどんな思いで見つめていたのか。

 

ワタシは、満天の星々に夜空が埋め尽くされていた時代に、
深い憧憬を憶え、現代都市の夜空には悲しみしか感じない。

 


想像と事実と系譜が一致していくよう、
日々の暮らしを見つめることが
肝要に思う、この汚染脳時代。

 

自己の内なる「虚勢・虚栄」を客観し、
自己の内なる「怨念・執念」を解放し、
今、中庸に生きる意識へ起点が在れば、判れば、
結局、過去はどうでもいい話なんでしょう…ケドネ。


意識化して無意識に戻す、作業の時代だなぁ、と思う。

 

 

【過去関連記事メモ】2020/6/28追記

2014/10/3

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2018/1/15

成長とは何か…の、いまの私感 2 - ただいま日記