ただいま日記

洗脳社会〟の手法を「知って。気付いて。脱出!」 自分に帰ろう。今に戻ろう。

マスコミによる汚染脳から脱却のコツ?!  その1

ほとんどTVを見なくなって4年程経つだろうか。
新聞も同じ時期に購読を止め、
ファッション誌や一般雑誌も読まなくなった。
書籍は、洗脳系?!ではない、と思われる
ものを出版社も確かめて読んでいる。

市民にとって世の中の動きを知る手段として、新聞テレビ

からの一般的な共通情報を持っていないと社会生活が

成り立たないと考えているだろう。
どんなにマスコミが偽装集団だと説得しても、

99%の人間は、知人の警告よりマスコミを信じるのである。

マスコミが、決して健全ではないことは

ある程度分かっているつもりでも、多少は良い事を伝え

時に感動させてもくれる。

そして、他者との共通の話題や認識を失うことへの恐れから、
マスコミを手放せないのだろう。

しかし、4年間マスコミを遠ざけて私は不都合を感じたことは無い。
むしろ、快適であり、自分の時間は増え、本当の思いや考えが

はっきりし、気取った言い方になるが、思考が立体的になった気もする。
また、日常の取捨選択が容易になったとも思う。

あるいは、国際金融家の思惑でTVラジオ新聞、雑誌、映画、文学、音楽、美術…

ほとんどすべて偽善情報であることを実感するようになった。


マスコミ利用の習慣は一種の中毒症状である。
闇の勢力は食から情報まで、中毒性を上手く用いていることも

知っておくべきだろう。

マスコミを生活から追い出すのに、
記憶に留めておいてほしい重要なことは、

本来の実感から生まれる「やる気」「感動」ではなく、
現代人の日常の〝「やる気」や「感動」〟はほとんど情報操作で

作られていると感じた。
私たち現代人はマスコミに精神支配をもされている、ことにも気付けない。
現代人はマスコミによって前頭葉から起きる、

やる気を支配されているのである。

一種の禁断症状であったかもしれない。

3年間くらい時々、やる気が起きない時、夕暮れ時に何となく

寂しい気がする時、なぜか「NHK」の夕方のほのぼの

ニュースを見たくなったり、

無償に笑いたくて「バラエティ番組」を
YouTubeで視聴したりした。

我慢するのは良くないか、と思い活用させてもらったが

バラエティ等をYoutubeで何度か見ると、

少々の気分転換にはなった。だが、しばらく見ていたのが

良くなかったのか、言葉遣いが荒くなった気がした。

品性低下?!の自分に気付いた。

(もともと私の品性は?であるが。。。)
その結果は当然であるが、バラエティ番組にしても見ないに

越したことはないと思った。

 

そして、ふとやる気が起きない自分は別の方法で乗り越える

ほんの少しの意識の切り替えが、脱洗脳のひとつの鍵であろう、と思う。

あるいはスポーツ番組はどうか?

ニュースやドラマ、バラエティ程、悪いとは言わない。

しかし、結局のところ闘争本能や勝敗二元論

夢と称し短絡的なピラミッド型社会の強化に繋がってしまい、
大半の人間が思考支配され自分がお留守になるのだから、

実のところ奥深い遊びでもないだろう。

他人主役の世界に自分の大切な人生時間を費やさなくては
ならないのだろうか?

もっと自分を主役にした人生の時間を尊ぶべきだろう。


何度も言うが、やる気〝モチベーション〟、あるいは

感動や倫理観をTVから前頭葉へ影響をもろに受け、

市民は支配されているのである。

それから脱却するのに私の場合、3年かかったことを伝えたい。

時々、TVやらマスコミ全般は良い事を伝える。それは
マスコミ不審、マスコミ離れを防ぐ疑似餌である。

ずっと国際金融家ご都合の情報では、見破られてしまうから。

ニュースの看板は「正当性、公正」だから、信じながら視聴するからこそ、

最も危険な番組なのである。

「真面目に紳士風の人間を信じる」という形式、外見に騙され

庶民は容易に認識操作されるのである。また、不安恐怖商売の元凶でもある。

ドキュメンタリーもそれに準じるであろう。

さらに権威を強化させ、捏造を真実とすり替える

プロパガンダなのだから。

 



本来は直接、人と関わる中で本質、あるいは実感の伴った会話から、

やっと人は繋がっていけるのだと思う。
実感の伴わない、表層的なマスコミに作られた

政治経済スポーツ文化の価値観の会話では、

人間は、決して心が満たされることは無いだろう。

その表層の話題、会話が闊歩しているから現代人が孤独になり
ストレスを抱えることになっているのだと思う。

真実、事実、本質から、「目逸らし用メディア」がマスコミなのである。

どうかマスコミから足を洗うことを実行されたく。

有名人、タレント、有識者…ふつうの人間だ。特別尊敬するに値する人間など

この世に居ないと私は思う。それぞれが相対的な関係で生き抜いているのだ。

例えは失礼かもしれないが、

飲んだくれの旦那に良妻賢母…

社会的信頼の篤い勤勉で頭の固い父にできの悪い息子…。

という具合。


単なるマスコミ情報と見せかけ、

その実態は汚染脳用コントロール情報。

それは世界を迷宮にし人生を見失わせる。

 


真実は素朴で平等で温かく心地良いもの。