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ただいま日記

洗脳社会〟の手法を「知って。気付いて。脱出!」 自分に帰ろう。今に戻ろう。

家人いわく「生物は長く生命をつなぐほどに…住み分けをする」

先日は展示のため作品の搬入だった。
今までほとんど訪れたことの無かった近郊の街へ
遊びにいった時、町屋商家の資料館に入り見学していたら、
土蔵の中に展示スペースがあることを知り、
2週間程展示をさせてもらうことにした。
そのことについてはそのうち。今は詳しく記さず…。(変な活動)

その街は太平洋戦争の戦火を免れ、当時の城もその姿を留めている。
原型は戦国時代作られ火災などで何度か修復はあるものの、
江戸社会で使われた趣を残す本物のお城が、

町を見下ろしている風景に威圧感はない。
城下町の良き誉れをも感じさせてくれる。

江戸時代は施主とは違う家系が
城主であったからか庶民とお殿様の距離が

案外近かったのではないかと想像する。
長い間、お殿様はいないけれど、

私たちがこの街を守っている…という空気が
どこかにあるような、地元の人が江戸時代の人のように

見えてくる私は、木の芽どきだろうか。寝不足だろうか…。

少し前に記したが、江戸時代に士農工商という言葉は無かったのである。
明治政府が言い出したのだ。
これも世界完全覇権を目論む差別社会波及委員イルミの指導による
明治時期の捏造と思われる。小説ドラマ映画、教科書を使って、
巧妙に今の常識となってしまった。
もしや浄瑠璃等伝統芸能さえという仮定もしている。
それらで汚された江戸のイメージを刷新していくことも、
日本人としての記憶を交通整理して洗脳社会から

抜け出す鍵の一つであると思う。
必死にマスコミが江戸の町で犯罪や殺人の話を描いてきた。
いくら作り話とは言え嘘にも程がある。
江戸時代が好きで研究した人の本に触れて

やっと辿りつくほど、真実へは遠い。
大衆のイメージを汚す程度という、完全な隠蔽ではないところも、
更に情報を混乱させるのに、あるいは彼らの功罪を

精算するのにも必要なのかもしれない。
ちなみに、こうしたことが「666」の仕掛けの一旦ではないか。
「悪夢=堂々巡り・延々と繰り返す」という

呪詛の意だと私流に解釈している。

もう江戸情話が情緒的に共感できる世代も減ってしまい、
それを描くことさえしなくなり、日中再放送の韓国ドラマ席巻で
「どこの国?」状態である。

話は戻り、江戸の町は武士は暇だったし、民家に鍵は不要だったという。
戦争や犯罪がほとんど起こらず、

(奴隷制下支えの可能性を持つキリシタン以外には)
良き社会であった。

平和な社会が続く最も大きな恩恵は、
「人の良い、良心的な社会になり笑顔が世の中に溢れる」のである。
疑う心が不要になり、のんびりとした心やわくわくした心でいられる。
怠け者になるのではなく働くこと遊ぶことも同じように楽しいのである。

現代社会の大人ぶった人間は童心を否定しがちだが、
子供たちが幸福感を完全に喪失したら、大人まで人生を

生きる気力が失われるのは生命としての本質だろう。
つまり自分の中にある童心を喪失することを
洗脳社会が強要していることに気付くのも、
まだ勉強不足だが、江戸社会を知る必要がある重要事項と思われる。

偽りの平和社会にいる私たちには「笑顔が溢れる」と言う言葉が
陳腐に聞こえる。が、江戸末期に滞在した外国人は
日本人の微笑みに心打たれている。
言わずもがな平和社会の素晴らしさを壊したのは

明治政府からとマスコミなのである。

当時、江戸社会は識字率世界一であったという。
自然を愛でながらの平和社会は人々の品性及び美意識や知性、

全うな好奇心と共に知恵や礼が磨かれていくようである。
その良さを彼らは在日諜報員に分析させ、

当時の日本人の平和社会に大切な特性
協調や謙遜や譲る心、権威への従属、

滅私奉公的なものは逆にイルミに戦略を与え利用され、
尚、続いているだろうことも意識しておきたい。
江戸時代の儒教思想教育の普及が悪用されているとも言える。
(結局のところ支配構造は振り子現象であるのだが)

現代の偽平和の支配構造でいかに、昨今の荒れて擦れて己を曝し粗末にして、
マスコミに、登場すること、利用されること、が勲章のような…。
「偽夢」=悪夢の刷込みで洗脳末期状態の狂乱少年少女たち。
そしてもう諦めている若者や中年の表情や行動はロボット化し、
テレビの前に座り続ける老いる人々は、人生への誇りを失い、
若年の軽率な流行に感化されマスコミネタの偽情報で頭を一杯にしてる。
人として侘びしく感じるのは、イジワルだろうか…。
その逆に目覚め始めている人も以前より増えてもいることだろう。
覚醒とは特別なことではなく、洗脳度が何%かな?と

己で気付けば半覚醒だろう。
完全な脱洗脳は、哀しいかな今のところ

この社会に身を置く以上は難しそうだ…とは思う。

まずは日本人としてマスコミからの江戸時代や歴史全般の話と、
実際の話との落差を知り得た者から、支配体制に潰されぬよう

静かに生活を通じて、「マスコミ、権威、政治、経済、権力を〝断捨離〟」

していくことではないか。

(断捨離というワードを更なる消費に使われてる洗脳もあると思う。

別で使おうっと。)


そしてお金や物あるいは権威で解決することをできるだけ減らし、
知恵、工夫で素朴なことを尊ぶ感性を磨くことが健やかなる心への道だ。
お金で何でも解決する人間が、不便だと思う社会にするには

どうすれば良いかである。
更に書くが、科学進歩という詭弁に引きずられ職業を選択、重視するのではなく、
心の成長、自然を愛でることに重きを置く時、
各々の才能が開花するように人は生まれているのではないかと思う。


話ははじめに戻るが、観光地ということもあって
展示場所で休日は、色々な人に出会うことになる。
その中で漆喰を塗った板を持ち歩いている

同世代位のご夫婦が入って来られた。
こんにちは。と挨拶した後、関心を持って

作品をご覧頂いている様子が解り嬉しかった。
その後、何気なく声をかけたら、

もうすぐこの街に引っ越してくるのだが
古民家を改装して住むことになったと言われる。
「その建物の壁の色を検討中で漆喰の

サンプルを持って見に来ていたところ」だと話された。
「業者の方かな?!と思いました」と話すきっかけができる。


読み出していた「逝し世の面影」の文章で
江戸時代がどれほど日本人に心地の良い社会だったかを

感じ入っていたところに、
日本文化の大切さに気付かれた方たちと、丁度話すことになり、
風土から生まれる文化や歴史について少しばかりの雑談をした。

USAで暮らした経験があるご夫婦で、

外国人は自国の文化や歴史をよく知っているのに、
日本人は自国の文化や歴史を知らなさ過ぎる…と反省もあって、
古民家で暮らすことを選んだと言われる。
〝白人〟社会の海外で暮らした人は日本人が自国に誇りや知識を

持っていないことを反省して帰国することを度々耳にする。

東南アジアで暮らした日本人は白人的に変貌するのも洗脳の特徴だろうか。)
取り急ぎ、「逝し世の面影」を紹介してみた。当方はイルミの話を述べたかったが
初対面の方にあまり込み入ったことを話す場でもないので

控えることにした。で、
ご夫婦が「これからは世界がひとつになっていく時代ですもんね…。」と

呟かれたので、(ウ~~ウ~~~〝こりゃマズイ!!
古民家移住と言う回復反応はあるものの

洗脳末期症状だぁ~~〟)と私の中で警報が鳴り、家人が

「生物は長く生命をつなぐ程に、多様化し分化し住み分けをする」のが
〝生物の特徴〟だ、と最近話してくれてたことを伝えた。
マスコミの連呼「統一、世界はひとつ、グローバル化」は
最も危険な支配の…、とやんわりそれを伝えたら、

「ひぃぇ~~~~っ!」と反応されていた。
少し回復の見込みのあるご夫婦だった。(ほっ…)

春の観光シーズン。あのネずみーランドに行き、

ちょい古いか?!イッツアスモール…ルドの鼻歌で
園内にて酔いしれる家族。新幹線で見たことがあるのは、

人工空間で遊んだ後、極度な疲労感が見て取れる

ネズミー帰り親子や若者を気の毒だなぁと思った記憶。
緩和的毒添加物プラス遺伝子組換糖で骨が溶けそうなジュースを飲み、

緩和的毒添加物に加え遺伝子組換玉蜀黍菓子のおみやげを手に。
戦争を作り、偽夢の世界、偽平和を作る人間に、

散財し右往左往させられるおめでたい…ゴいム。
洗脳末期になりながら、友人に「ねずみーランドに行ってきた」と
前頭葉シュミレーションで自慢、優越感が心の「偽栄養」と化している皆様。
お疲れ様デス。

せめて、わずかな時間でも自然体験を子どもに与えてほしいもの。
疲れ方が違うと思うので…。