人間が綺麗か汚いかを思考するのは何故だろうか。
都会に暮らす人間は極端に綺麗か汚いかを思考するように思う。
都会とは人工世界である。
貨幣による力で、
都会が中心となってしまっている、
現代社会の人間は食べ物が人工に偏っている。
あらゆる化学物質を肉体に取り入れている。
腸がとても汚くなるのである。
内臓が汚れを蓄え続けるのである。
何故なら、人工に偏り肉体の自然の循環を
自ら破壊する行動をするからである。
人工的な空間にいるほどに、
潔癖症になる。
宗教者や哲学思考、
(差別的上下志向)の人間は
特に人工的な抽象思考が強いから、
更にその潔癖さが強化される。
自身の肉体が薄汚いこと、
生物として不自然さを
肉体と魂が直感してしまうからである。
香料や洗剤という道具、衛生ゴッコでごまかし
偽の清潔という錯覚で、綺麗だと
欺瞞を繰り返す生活。
そして、地球の美しさを破壊し続ける。
水を汚し、空気を汚し、大地を汚し続ける。
人間の腸内が汚れていくのと同じ。
最も汚いのは自身の内臓である。