ただいま日記

洗脳社会〟の手法を「知って。気付いて。脱出!」 自分に帰ろう。今に戻ろう。

自己観察。 

 

 


時々読む月刊誌に書かれてあったことから、
ふと思うことあって書き留めきたく。

ある女性が病気になって、大好きな甘い物、特に砂糖を制限するも、
我慢するほどにかえって甘い物が食べたくなる。
という悩みに関して、回答者がアドバイスしていたのは、
体調を自分で感じながら食べ物と
向き合うように、ということだった。

それを読んだ後、身近な出来事からも思う事があり、
「自己観察」という言葉が頭に浮かんで来た。
私なりに思う自己観察とは、「自身の心身を客観的に観る」ことと定義してみる。
客観とは長所短所、光と影の有り様をあるがまま観る事。

光と影から醸成される何かを感じること…。


その反意語は、身近な出来事を通じ「自己愛」という言葉かなぁと思った。
自己愛、いわゆるナルシスト。それを喩えるなら、
鏡に映った自分にうっとりする、というイメージだろうか。

 

自分を好きであることは大切なことだけれど、好きという感情が
必ずしも、自身の光と影を冷静に観ているとは限らない。
どちらかと言えば、光の当たった部分だけを見つめる偏った見方。
自己への偏見と言えるだろうか。

鏡を見てうっとりするなら本人だけで済むけれど、
自己愛の所業は、他者の視線や思考を通じ、自分を見て一喜一憂する。
その反応に他者も振り回される自己愛は、不毛な関わりと
共に、生理的な違和感が誰しも具わっているから肯定されない、
できないもの、と思う。


“誰しも具わっている”と感じるのは、私たち生物、更に言えば
三次元で存在するすべては、循環「めぐる」という摂理に則っている、
宇宙の理と思うから…。

潜在意識にそれが具わっている気がする。

 

食べ物の好き嫌いが激しいことを良しとしない訓戒は
光と影を同じように観ることを促しているからだろう。

 

好き”過ぎること」の方が案外に厄介で、
病を作る、問題を発生させる原因になりがちなことを

見過ごしやすいものだ。

 

嫌いという感情には戒める内省が芽生えやすい。

それは罪悪感、嫌悪感という歯止めがあるからだろう。


が、好き過ぎることには歯止めを掛けにくいもの。
肯定感の罠と言ってもいいかもしれない。
「度が過ぎる」ことはどちらにしても良くない、と思われる。

 

自己愛の強さはそんな意味で厄介だ。
そうした自浄力で、生理的に嫌いになる人間の性がある。

 

が、自己愛を批判する人は、反自己愛。つまり自己否定。
自分の影ばかりに目を向け、修正しようとして自信を持てず、
悩み苦しむタイプ。

 

自己愛が強い人(光だけに目を向ける)の方がおめでたいから、

自己否定をする人よりマシだけれども、同じ穴の狢。
その根っこには、羨む、羨ましがられたい、という
優越感と劣等感の感情に振り回される心理であるのだろう。

 

***

浄土真宗正信偈の最終行に「平等施一切同朋菩提心往生安楽国」と
あり、「平等施一切」という言葉がお気に入りだ。
平等を求める、平等を与えんとする正義ではない。
常に「平等」は施されているのだよ、と私はそう
勝手に解釈している。

 

比較はしないこと。

 

「人は人、自分は自分、それぞれ」という区切り、割り切りは
心が中庸でいられる、平常心でいる重要なキーワードだ、と常々思う。

 

で…。

自己愛も自己否定も消耗されていくエネルギー。
それは振り子現象・プラスマイナス・比較の単純な運動性だからである。


循環ではなく、
自分を愛している状態は、自分への執着・単一のエネルギーでしかない。
自分を否定する状態も、同様だ。

自己愛が強い人間は自己否定も強い人間。(ワタシの事。苦笑)


興味、関心、行動、思考…自分のエネルギー蓄積でしかない。
他者・他対象への関わりで変化していくことが宇宙の摂理だと思う。

この地球で無から有への新たな因果を生み出す生物。


自己を愛しても否定しても、

プラスマイナスの運動性しか発生しない。
果てしなき自己葛藤となってしまう。

 

 

自己愛・自己否定。

と、自己観察。

 

 

 

明治以降、19世紀あたりから、

欧州圏勢力・ユダキリ教によって、現代“日本”社会のみならず、

地球全体が、白人優生思想=自己愛病。

 

彼ら御用達マスゴミやユダキリ教的影響下の洗脳教育や洗脳宗教、洗脳倫理、

人生観(ヒロイズム・有名になりたい病)=成功、伝統や血脈・名誉、カネ、

教育宗教道徳の思想(愛・信頼)=尊敬、優秀、立派…、

“西洋礼賛”となって、

世界中みぃ〜んなが振り子現象に没落してしまった、と思う。

 ある意味、欧州(ユダキリの悪知恵はすごいナ…苦笑。

 

 

 

生物みんな、

つながってめぐりめぐって生かされて。

お互いさまだ。

 

ってなわけで…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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