ただいま日記

洗脳社会〟の手法を「知って。気付いて。脱出!」 自分に帰ろう。今に戻ろう。

カビとかぼちゃ

 

 

夏が終わる頃。
ここ数年はカボチャを保存する時期と決めている。

昔の人が冬至にカボチャを食べたのは、
冬に植物を摂取する機会が減るから、
栄養については経験的であったにしても、
それを補う知恵として今も尚、習慣は引き継がれているのだろう。

最近の晩秋はハロウィンでカボチャやその他の食物を

観賞用やお化けを模した商品等が
店頭を席巻したりやたらと話題にするが、
食物等をお化けに見立てたイメージ戦略に違和感を憶える。

八百万神はきっと泣いている。
自然の恵み、秋の収穫への感謝はどこかへ吹っ飛んでしまう。
餓鬼祭?未成仏霊祭?!と言えばいいか。


それも八百万神に仲間入りなのかぃな?!
悲惨な家畜で食肉にされた膨大な動物の悲しみの意識が、人間の身体に残存し
明治以来、日本人の意識は品性を失い続けている。
だから、ゲロウィンが波及してしまうのか?!
肉食偽食飽食時代の終末…。


洗脳から脱すれば、欧州黒貴族の悪徳洗脳教の慣習など一蹴する
知恵や知識を得られるのに…。
長年、教育によって分断され続けた集合意識が
負のループの出口を見つけさせない。

消費社会は経済効果が是だから、ひたすらに企業での労働が地球破壊を続ける。
本質に疑問が持てない持たせない、発言できない社会の病理を思う。

 


それはさておき。
晩夏から初秋にかけ来春まで、カボチャコレクションと称し、
台所にいくつか並べるが、調理に必要になると一個づつ使う。

だが時々、カビが発生するカボチャがある。
考えると多分、化学肥料を施肥したカボチャから、
どうも腐り始めカビが発生しやすいように見受けられる。

つい先日も、そのカボチャコレクション(自然栽培・慣行栽培など雑多)の中から、
一個のカボチャに1cm位の大きさの白っぽいカビが生え出したことに気付いた。
しかも、中から蜜のように汁が表皮から垂れ出している。
面白いな〜と思いつつも、そろそろ食べないともったいない、
という訳でそのカボチャを調理する事にした。
調理にあたって、カビの部分のみならずその周囲も
一気に切り落とした。


翌朝ふとそのことを思い出したのが、
そういえば癌の手術とちょっと似ていると思った。
医療について素人だが、家族として癌治療で知った事は、
癌の部位を手術で行なうとき病巣だけではなく、かなり広範囲に切ってしまう。
癌が広がらないよう念のため、というかなり大胆で乱暴な理由である。


腐敗したカボチャの箇所をできるだけ大きく切ろうとしたのは、
カビの危険性を察知した経験的な行為だろうか。
あるいは私の潔癖性がそうさせるのかは分からない。

カボチャにカビが生えたのは、つまり「腐敗」だ。
細胞が電位差を失い生命活動が終了し酵素も活動できなくなる。
よって細胞は腐ってカビが寄生する。
見方を変えれば、腐敗したものもまた養分として
新しい生命活動の糧にするという循環が始まっている。

人為的に施肥された化学肥料は化学物質ゆえ、
電子レベルで生物とはイオン状態が逆で、生命活動を弱めるように想像する。
植物細胞の内外で栄養の出入り、酵素の活動が減ってしまうのではないだろうか。
自然の摂理で存在する栄養の分子は細胞同士の組織でイオン交換を盛んに行える。
その命の活動が続いているから、根や茎を失っても
生命活動が微弱にしろ継続され、保存も可能なのだろう。

空気や水分や様々な栄養が細胞レベルで交換できる状態がわずかながらも、
土から切り離されても継続できる。
が、しかし人工的に作られた物質はそれができない。命がない物質。
だから、化学肥料施肥された植物細胞はその活動が少ない。

更に、偽栄養の過剰もあると思われる。

 

 

様々な知識を私なりに得て、できるだけ無農薬無施肥、化学肥料を使わない
野菜を食べるようになった。家族が癌になる前は、
野菜の善し悪しは見た目位しか関心が無く

一般に売られている野菜を食べていた。
時々、調理し損ねた野菜が冷蔵庫内で残ると、

ドロドロと葉先が腐るのを目にした。

そうしたドロドロになる野菜ではなく、病がきっかけとなって、
自然農で育てられた野菜の魅力に気付き、できるだけ
自然に育った野菜を日常に取り入れることになった。
希望は自分でそうした植物を育てたい。が、
今のところほとんどできないので、有難く自然農野菜を
育てている方々から買わせて頂いている。


自然農で育てた野菜は変な腐り方をしないお陰で、
無駄なく食べる事ができる良さがある。
たまに枯らしてしまうこともあるが、さほど調理で違和感がない。
本能で生理的な信頼感があるからだろうか。
化学肥料の物質が植物の細胞にないから
ドロドロになった部位にお目にかからない。


人体も人工の化学物質を体内に入れると、似たような理由で
徐々に細胞活動ができなくなり、腐り始めると想像できる。
ちなみに、DNAは植物と人間は60%同じだとか。

癌と言う病には数多の原因を模索する議論が流布され続けている。
いつまで経っても決め手となる原因を一般大衆の私たちに知らされる事は無い。

その議論に立ち入る知識も持ち得ないが、人工の化学物質を
多く取り込んでしまった細胞が徐々に生命活動を喪失させ、
まだ活動できる細胞たちが炎症等で免疫が応援するも虚しく、
臓器や組織細胞が有機“物質”となり腐敗し、
やがてウィルス、カビが寄生し…癌”というように、
素人なりに考えるようになった。


約10年前だが、家族の検査の段階で医師に「癌細胞の種類は何ですか?」という
質問をしたら、ガン細胞に種類の分類はない、と言われた。
高分化、低分化など形状の分類や進行速度の観察はできても、
ガン細胞そのものに分類定義はないことを知った。
細胞の病理検査をどのようにするのかも分からない。が、
思えば、台所で腐る野菜の部位とある意味で同じのような気がした。

 

 

 

 

無常というか、三次元の物質世界はすべからく変化していく。
それは生命の宿命でもあり、ウィルスやカビや細菌もまた無常である。
自然な生活で人体が存在すれば老衰で、カボチャは朽ちるのだろうが、
人工生活の中にあっては「腐る」ことも摂理の中の無常。

 

現代社会が科学の進歩を声高に叫ぶわりには、
「腐る」なんてことは、今もって漠然とした日常現象だから、
分断され権威主義的な科学目線では未来永劫、
素朴な現象は盲点のままなのだろう。

 

「恐怖」が巨大産業の原動力である。
「得体の知れない病のイメージ」が医療の広報(喧伝)活動な訳で、
現代医療の進歩に必要だったのは、
恐怖を煽り続ける「ガン」というキャッチコピーだ。

 

内臓や組織が腐ることの原因が単に、多国籍企業が演出する
家畜肉食偽食過食飽食の社会、
金銭を使い続けさせる不自然な便利&保障&偽安全生活、
人口削減用の自然環境破壊…によるところの、

精神と肉体の疲弊であることを
一般市民に気付かれては困るのだろう。


「先端の現代医療がいつの日か、大発見をして

ガンを治してくれる魔法の薬や治療法を作ってくれることを
みんなが夢みて願い続ける…の図」___が、
長期的に儲かる上手い商売だ。

(医療産業も彼らのものなわけで自作自演の極み。)

 


自然の摂理にある「無常」について
現代人は宗教的言説のジャンルとして、
漠然と片付け見過ごしているから
私たちは「腐敗と枯死」のごく当たり前の違いに

気付かないのではないだろうか。

 


人間は、物質を意思で動かす事ができる。
意識が物質世界に影響を与えることも

意識あるいは無意識であれ変化する術を知っている。


カボチャのように、茎が切られた時点から
生命力を物理的に変化させることができないそれと違う。


決して物質から意識そのものを与えられる事はないだろう。
つまり、物理的に存在する肉体は、
意識が腐らない生活ならば、

細胞も腐りにくいのではないだろうか。

 

自己否定感、排他的自己愛、自己憐憫、自閉的、被害者意識…
その精神状態(腐る心)を生み出す人工環境社会が癌を増やし続ける。

 

 


地球住人として自然への感謝や尊ぶことでの己への肯定感。
“腐敗させない他生物に寄生されない全うな細胞”を育てる。

人間を含めた生物社会での調和意識。
内なる宇宙(内臓)で免疫力を生み出す他生物同士の調(腸)和”。

三次元物理世界を冒険する意欲。
“肉体と精神を存分に他者に役立てる循環”

 

そうした「精神と肉体が開放と調和の連動した活動、その循環」によって、
予防や治癒を思ったりするこの頃。

 

哲学チックな私なりの思索をくれた
西洋由来の現代医療やそのプロパガンダにも感謝か…。
それにしても、理屈はいくらでも書けるわな。(苦笑)
言うは易し。

 

 

 

ともかく、現代日本人は単なる食べ過ぎだ。

命を奪ってまで命を繋ぐはずの食べるという行為が

我執の享楽、遊戯と化した現代日本。

私たちは餓鬼&阿呆じゃないのか。

 

国際金融家資金提供の大戦争

(日清日露大東亜〜第二次大戦に起因する食糧難トラウマ)で、

いつまで餓鬼ゴッコすれば気が済むのか???!

 

あらゆる不自然文明”の道具を使って生活する現代日本人は動かないから、

癌ちゃんとウィルスちゃん菌ちゃんやカビちゃんからのメッセージは…、

 

「肉体をさして使わず地球に役立ってもいないのに、

そんなに食べるなよぉ〜。オイラたち増えちゃうぞぉ〜。

その方が金銭礼賛社会のアンタらにも役立つだろう!?」ってな、

ことなんじゃない?

 


そうかぁ。
ゲロウィンはガンちゃんウィルスちゃんやバイキンちゃんやカビちゃんへの
感謝祭なのか!!!


ヤマイダレに口三つに山。

それが“癌”のもと。