ただいま日記

洗脳社会〟の手法を「知って。気付いて。脱出!」 自分に帰ろう。今に戻ろう。

一体、人間はこの地球で、何がしたいのかぁ?

 

 

動物は、人間と比較して、
日がな一日遊んで暮らしている…と
揶揄する言葉を時に聞く。

怠惰を批判する社会。
勤勉努力を奨励する時代。
確かに、怠け者は他者に負担をかける。

機械化が進む前の時代は、
支配者が大衆を野放しにしないために、
怠惰を罰する考え方、
倫理観を広げたという見方もあろうか。

それにしても、よくよく考えれば、
現代人はどんなに労働していても、
怠けるため、楽チンを確保するために、
労働しているだけ、とこの頃の私はそう考えるようになった。


なぜなら、野生動物は肉体を充分使う生涯だ。
暑さ寒さ、風雨を耐える。
危機を意識しながら睡眠する暮らしだ。
五感をフル活動させる。危険かどうか勘を使う。
食べ物が無い時は耐え、仲間と分かち合ったり、
他の生物と生死をかけ争って食を得る。

糞尿屍は、土に還り、そして大地を肥やす。
また、子孫を残すためにも命がけである。
人間よりずっと意志が強く逞しい。

本能こそが賢く映る。

ぼんやりしているように見えるのも怠けているのではなく、
自然の流れに添って耐えていたり、焦ることなく
無心に、気長に時機を待つことができるのだろうな、と。

偉大だ。

 

生命を感じる生き様。

それは、肉体の苦労と歓喜がそろって、やっと生物は、

真の自由と幸福を感じるよう、

そのように意識が具わっている、と思われる。

 

それに比べると、現代の人間は今を生きることを忘れ、
先々まで己の身ばかりを心配し、食を備蓄し、
将来の保障を国や他者に求め、カネをかき集める。
一瞬の恥を掻くのを恐れ怯え、
一時の心理的苦痛回避のために、虚栄心に振り回され続ける。

それを逆なでする、見えない社会風潮・喧伝までもがある。

生存欲を欲望・好奇心(好奇欲)と倒錯し、

乱痴気騒ぎで暮らし続ける。

それを煽動するマスゴミプロパガンダと狂育と政治経済。

 

暑さ寒さを避けるため、衣類から住宅環境、寝具、家電…、
あらゆる場を、楽チンに暮らせるよう、金銭労働が必要なのである。
果ては子孫を残すのに、命がけどころか、
まずは、目に見える名誉やカネの自分の損得勘定が先である。


また、天変地異が起きても、被害が少ないよう、
苦痛が最小限になるように、
他の生物が暮らせない自然環境の破壊をしてまで、
気が狂わんばかりの巨大工事して人工化する。
(ホント気違い沙汰だ×
たかだか、数百年の虚栄財産保守のために、
生かされている環境を破壊し、

子孫存亡の危機を与えるなど、逆立ちにも程がある。)

 

移動も、もはや自力ではない。
自動車、電車から飛行機まで…。
労働でカネを得て、
楽チンにより遠くへ移動しようとする。

移動に肉体を使わなくて済むよう、
やりたくない労働をして。
自然を膨大に破壊し道路や線路を作り続けている。

 

自分で食べる物を他人に作らせ、
やりたくもない労働をしてカネを得て、
我慢を重ね、ストレス解消と称し
偽食・汚染食を食べ、病気にまでなって…。

 

一体、人間はこの地球で、何がしたいのだろうか。


肉体の楽チンや怠惰、欲求不満を満たすために、
やらなくていい我慢や意味不明な努力や自然破壊・生物を殺戮し続けるのである。
長い時代、人間は想像力の使い方を明らかに間違ってきた、と私は思う。
もちろん、自分もその一人でもあるが…。

進歩発展と称されるややこしい科学・無駄に大げさな技術は、

国際金融家・エリート層・偽ユダらが、

支配のために牛耳っているだけである。

一般大衆は、進歩発展と喧伝される道具を

賃金労働の対価として、享楽・怠惰のために、

単に、使用・消耗しているだけであって、

頭と体、そして心も、生物として退化している。

否、退化サセラレている。

それは加速しているようにも映る。


もっと動物の精神に学び、
どうしたら自力で暑さ寒さを凌げるのか、
どうしたら自力で速く移動できるのか、
どうしたら自力で清潔を保てるのか。
どうしたら慢性病にならないのか。
どうしたら他生物の犠牲を最小限にして、食を得られるのか。
どうしたら自然環境を破壊せずに生きられるのか。
どうしたら本音・本能に正直に生きられるのか。

どうしたら支配者の居ない世界にできるのか…。


植物を愛で、植物の心に触れ、心の清らかさとは何かを想像した方が、
どんな勤勉努力よりも、救われると思う。 細胞に…、遺伝子に…、

伝わるのだろう、と思う。

微生物が土の中に水の中に、植物動物、人間の体内に、共存している奇跡や
その心根を想像したら、自ずと人間の理にかなった暮らしや仕事が、
直観的に解っても来るのだろう。
超太古の人々の想像力の豊かさを想像するべきである。

 

もっと人間以外の動物の本能・精神を謙虚に学ぶべきではないのか。
植物や微生物からの伝言を感じ取り、心を知るべきではないのか。

現代人が、どんなに動物植物…自然界を数値で分析しようが、

研究しようが、知識を増やそうが、

利用する目的や自慰のためであっては、

人間の進歩だ発展だと信じてやって来たことなど、

全部無駄だ、と私には思える。


………………

 

と、猫家族と暮らすようになって、大げさに考えてしまうこの頃だ。


愛玩動物として、血統書付きに拘るのもマズいことだと思うし、

嫌いな価値観だ。

親和的かつ、適当な距離感で人間と動物や植物が暮らす、

人工的な物で妨害しない関わりを望み、

いつか、他生物と人が対話できる地球を私は想像する。

 


多くの現代人が精神を病んでいる原因のひとつに、
動物や植物との関わりが極端に薄いからではないのか、と思う。

もしくは、動植物に関わりのある人間は、利用か愛玩物である。
昨今、多くの人間が言葉にする、“動物や植物からの癒し”とかいう
安易な言葉では納まらない、
現代人と他生物との歪な関係を考えずにはいられない。


元来は生態系の一員として存在しているはずの人間。
あるいは生態系の維持と助力のために存在するようになったであろう人間が、

中世からのユダキリ教(ユダヤキリスト二人羽織教)台頭によって
人間中心主義を謳い出してから、アミニズム、精霊信仰…自然崇拝は、
欧州人による奴隷支配を契機に、ことごとく隅に追いやられていった。

かつ、欧州勢やその配下の百済勢、彼らは
この先、倭人のルーツ(自然種)を持つ日本人を
完全排他排除したいのだろう。(その推測の理由をいつか書きたいが…)、

しかしそれにしても、白人系優生種思想を
しわじわと波及させ推進しようとも、
水面下の動向から見てとれるそれは、
近未来に、優生種思想がいつの間にか偽倫理観のプロパガンダで
さりげなくこっそり本質の視点に是正され、

生態系を重視し命の思想として欧州勢彼らが
立派に唱えようとも…、

自然の中にある心、調和、揺らぎ、曖昧さを感じ取る感性が、

彼らには、どうしようもなく哀しいくらい…欠けているように思われる。

 


生物全体の、命の詩を感じる事ができない、と言えばいいのだろうか。
それこそが“西洋礼賛”を私が最も危険視する理由だ。
差別と言う倫理観ではなく、肌で感じてしまうことなのだ。

地球で人間の生命が最も尊い、人間は偉いという
西洋的な幻想の価値観が、中世から暴走し始めた現代まで。
こんなに地球を壊している現代人(病的な生物)なぞ、偉くも何ともない。


臓器移植などの医療行為の行き過ぎや、健康への極端で無責任な拘り。
外見美醜への異常なまでの執着、遺伝子を操作してまでの食糧の確保等々。
人類全体が病んでいる証拠だろう。それは留まることを知らない。


動物や植物の生命や心に無関心の現代日本人のライフスタイル。

最も生物として愚かしい行為だと思うのが、

糞尿・屍・残渣を単なるゴミとして処理していること。
雨水が降り注ぐその大地に沁み込まない環境であること。

膨大な護岸工事・沿岸工事をし続け、
水と共に暮らす生物の呼吸や食、住処を奪うことだ。

心底、許せず、そしてたまらなく悲しい。


食物連鎖・生態系・人間の・生物の無意識=本能を
破壊している最最最悪徳システムだ、と私は思っている。

 

意識が大地から隔離された暮らしが、
人間の食や物資を得るために他生物への残酷を許し、
人間の精神を自閉的にしてもいるのだろう。自業自得だ。

せめて、身近な動物、植物に目を向けて、
その心を感じて暮らすように、と。
誰にでも、どこにいてもできることだと思う。


以前、東南アジアから来た人が「日本には動物の姿が街にない」という
印象を話していたということが、記憶に残っている。

汚染脳によって他の生物にひどく鈍感に、

そして残忍になってしまった現代日本人。

命を頂き命を養うはずの食が、

動物や植物を喰らう遊戯へとなった現代日本人は、

もう悪魔の徒弟と化している。おぞましい限りである。


幕末までの日本人の生物への温かく優しい眼差しを
「逝きし世の面影」第十一章・十二章に書かれている。
すべての日本人が読むべき一冊だ。

気付こうとしない、疑問を持たない、

マスゴミで汚染脳され切った日本人中高年層は、
もうどうにもならない。
せめて若い人たちにはできる限り、マスゴミを無視し、

教育制度を疑い、携帯電話から目を離し、できれば止めて欲しいものだ。

動物や植物の心・魂を感じる
想像力を養ってもらいたい、と願うばかりだ。

 

毎朝、スズメに、草や樹におはようと、
心の中だけでも言ってみようょ…。

一緒に暮らす猫家族は
「オアヨウ」って言ってくれる。
気がする。

(食肉レンダリングや遺伝子組替の大問題を
如何に回避するかは、頭の痛いことだが…。)

 

 

かなり変な、コドモもどきおばさんのワタシは、
スズメや草にマジで
挨拶してしまう…。

お米をあげて寄ってくるスズメの面白さに魅せられて。
が、なかなかギブアンドテイクから足を洗えないか…。(苦笑)

 

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つまり、ワタシなりの問題解決のヒントは、
自然循環を豊かに繊細にする

自然と対話・相談しての助力、

他生物へ食を施す環境にする工夫の

“喜び”は、地球生物の心を

円くしていく…ってな話である。